プロレス・スーパースター列伝
ジミー・ガービン&バディ・コルト
税込5,184円(本体価格4,800円)■99分■品番SPD-1521
2011年11月19日発売
プロレスの歴史を作って来たスーパースターたち
往年の勇士と現在の素顔を追った感動のドキュメント

今回は、ジミー・ガービンと バディ・コルトの二人。
両者共に来日経験があり、特にジミー・ガービンは、そのゴージャスなパフォーマンス、女マネージャーのプレシャスで日本のファンにも知られている。
インタビューで面白かったのは、ジミー・ガービンの日本人レスラーの印象と一番強く印象に残っているレスラーに藤原喜明選手をあげている所。
バディ・コルトのインタビューでは、やはり発砲事件が面白い。
数秒ではあるが、試合映像も入ってます。

※この作品は、1997年よりサムライTVにて放送された番組をDVD化したものです。
紹介されている選手の年齢、肩書き、団体名等は、当時のものですので、ご了承下さい。


〈収録選手〉

●ジミー・ガービン
変身を遂げた野獣男爵

マイケル・ヘイズ、テリーゴディとのチーム“ファビュラス・フリーバーズ”の一員として日米をまたにかえ活躍したジミー・ガービン。

1968年11月、16歳でデビューし、ガービン兄弟の弟としてジム.ガービンに改名。

1978年よりフロリダ地区に転戦しNWA南部ヘビー級王座を獲得。

1983年、ダラスWCCWに転戦。
デビッド・フォン・エリックとの遺恨マッチさらにクリス・アダムスとも抗争を展開。
いとこの女性マネージャー・サンシャインをアダムスに奪われると、今度は妻のプレシャスをマネージャーに起用。男女入り乱れた愛憎劇場は大人気を呼んだ。

1984年4月、全日本プロレスに来日し天龍源一郎のUN王座に挑戦。

1985年、AWAマットでスティーブ・リーガルと組みロードウォリアーズからAWA世界タッグ奪取。

その後ジム・クロケットプロモーションに移り、今度はリック・フレアーとの間で、プレシャスとNWA世界王座を巡り抗争を繰り広げた。

1989年、マイケル・ヘイズのファビュラス・フリーバーズに参加しWCWマットに登場。
世界タッグ王座、6人タッグ王座など総なめにした。
1993年、ダラスGWFに参戦しテリー・ゴディとGWFタッグ王座を獲得。

1994年9月、GWFの消滅とともに現役を引退。


●バディ・コルト
3度の危機を乗り越えた、若駒

“カウボーイ”もしくは“ハンサム”ロン・リードという本名も活躍。
60年代から70年代にジョージア&フロリダ地区でトップヒールとして君臨したバディ・コルト。

1940年メリーランド出身。
海兵隊に加わりボディビルを始める。
1960年、ワシントンD.C.で開催されたボディビルコンテストに参加し、2位の成績を収めてプロレス入り。

当初は本名のロン・リードでプレイし、セントラルステーツ地区を中心にハワイ、アマリロなどを転戦。それぞれの地区タイトルを獲得した。

1969年9月、国際プロレスに初来日。
日本でもロン.リードの名前は知られていたが、ジョージア地区で名乗っていたバディ・コルトを名乗った。
保持していたUSヘビー級王座をストロング小林に奪われ帰国。
しかしその後はバディ・コルトとして出世。

1970年9月、ニック・ボックウィンクルを破りジョージアヘビー級王座を獲得。
1971年12月まで5度に渡り王座に就く。

その後フロリダに転戦。
1973年2月、ジャック・ブリスコを倒してNWAフロリダ州王者となる。

1974年10月、ジョージアに戻りルーク・グラハムからジョージアヘビー級王座6度目の戴冠。
さらにロジャー・カービーと組んでジョージアタッグ王座も獲得した。

1975年2月20日、乗っていた飛行機の墜落事故で大怪我を負い現役を引退。
その後はヒールレスラーのマネージャーとして名バイプレイヤーとなった。