プロレススーパースター列伝
サイクロン・ネグロ&スェード・ハンセン
税込5,184円(本体価格4,800円)■105分■品番SPD-1514
2011年1月20日発売

プロレスの歴史を作って来たスーパースターたち
往年の勇士と現在の素顔を追った感動のドキュメント

今回は、溶接に賭ける台風男解体屋サイクロン・ネグロと怪力、タッグの解体屋スェード・ハンセンの二人。共に来日経験があり、日本でもお馴染みの選手。デビュー戦についてやプロレス入りのきっかけ等のインタビューも面白いが、日本での印象が面白い。

※この作品は、1997年よりサムライTVにて放送された番組をDVD化したものです。
紹介されている選手の年齢、肩書き、団体名等は、当時のものですので、ご了承下さい。


〈収録選手〉

●サイクロン・ネグロ
溶接に賭ける、台風男

60〜70年代にかけ、テキサス、フロリダ地区を中心に暴れ回ったベネズエラの星。
日本では覆面レスラー、カリプス・ハリケーンとしても活躍した。
ベネズエラでは、アマチュア・ボクシング・ミドル級の名選手として国際的に活躍。
その実力を買われて、1956年にプロレスラーとなった。

中南米、欧州で修行を積み、1960年、アメリカに進出。
サイクロン・ネグロを名乗り、テキサス地区でバション兄弟らと抗争を繰り広げた。

1964年、日本プロレスの第6回ワールドリーグ戦にベネズエラ代表のカリプス・ハリケーンとして参戦。
アジアタッグ王座を奪取する活躍を見せた。
アメリカ帰りのジャイアント馬場と45分時間切れ引き分けに終わった試合は名勝負として語り継がれている。

その後、アメリカでは素顔のサイクロン・ネグロ、日本ではマスクマンのカリプス・ハリケーンとして長年活躍を続け、1975年にはザ・デストロイヤーの覆面10番勝負第5戦の相手を務めた。
1983年2月を最後に全日本プロレスを去り、1984年11月、第1次U.W.F.マットに最後の来日を果たす。
1985年に現役を引退した。


●スウェード・ハンセン
怪力、タッグの解体屋

60年代、リップ・ホークとのコンビで暴れ回り、ヒールでありながらギミックに頼ることなく激しい試合を繰り広げ、多くのファンやレスラー、関係者から絶大な信頼と称賛を集めた。

ハイスクール時代は巨体を生かしてフットボーラーとして活躍し、その後アマチュア・ボクシングでも活躍。
素質を見込んだプロモーター、ウィリー・ギルゼンバーグに説得され1957年プロレス入り。
キャピトル・レスリングで修行を積み、ブルーノ・サンマルチノのデビュー戦の相手を務めた。

1961年、ジム・クロケットに請われカロライナ地区へ転戦。
その後20年近くを同プロモーションで過ごした。
リップ・ホークとのコンビ「ブロンド・ボンバーズ」はトップヒールとなり数多くのファンの憎悪を集めた。
1965年8日、ヒロ・マツダ&デューク・ケムオカ組を破りNWAフロリダタッグ王座を獲得。以後、各地のタッグタイトルを総なめにし、ホークとのコンビは反目、離反もありながら1981年まで続いた。

その後WWFマットに復帰し、1983年、新日本プロレスの第4回MSGタッグにアンドレ・ザ・ジャイアントのパートナーとして来日。
1986年に現役を引退した。2002年2月、敗血症で逝去。享年69歳