プロレス・スーパースター列伝
ミスター・レスリング&エイブ・ジャイコブス
税込5,184円(本体価格4,800円)■105分■品番SPD-1512
2010年11月19日発売
プロレスの歴史を作って来たスーパースターたち
往年の勇士と現在の素顔を追った感動のドキュメント

※この作品は、1997年よりサムライTVにて放送された番組をDVD化したものです。
紹介されている選手の年齢、肩書き、団体名等は、当時のものですので、ご了承下さい。


〈収録選手〉

●ミスター・レスリング
正義の白覆面はメカマニア

覆面レスラーとしては珍しい正統派のレスラーとして活躍し、日本では正義の白覆面と呼ばれて親しまれた。

ミシガン州立大学ではアマチュアレスリングの強豪として活躍。
本名のティム・ウッズでプロデビューしたのは29歳の時だった。
その後マスクマンのミスターレスリングと、素顔のティム・ウッズを使い分けた。

日本には1974年、全日本プロレスの第2回チャンピオンカーニバルに初来日。
ジャンボ鶴田を倒し、決勝に進出する活躍を見せて、翌年の第3回大会にも来日した。
その後も1975年のオープン選手権、1979年の世界最強タッグリーグ戦などに来日。

1975年10月、ジョニー・バレンタインやリック・フレアーとともに移動中のセスナ機が墜落。
バレンタインはこの時の怪我がもとで引退するほどの大事故だったが、ミスターレスリングは肋骨の怪我を押してわずか2週間で復帰した。
1983年9月に引退。2002年11月30日、ノースカロライナ、シャーロッテの自宅で逝去。享年68歳。


●エイブ・ジェイコブス
カロライナのシニアゴルファー

日本ではアベ・ヤコブ、またはマスクマンのレッド・ピンパネールとして知られるジェイコブス。得意技はキウイ・ロール

出身地であるニュージーランドでアマチュアレスリングとウエイトリフティングを始め、アル・コステロを育てたゼブラキッドに学び1958年にプロレスデビュー。
アメリカ本土に渡り、ビンス・マクマホンSr.のキャピトル・スポーツを主戦場にキャリアを重ねた。
1961年2月、母国の先輩レスラーであるパット・オコーナーのNWA世界タイトルに挑戦。これはニュ−ジ−ランド出身レスラー同士による海外での初めてのタイトルマッチだった。
その後ジム・クロケット・プロモーションに転機。
1964年にはドン・カーティスとのタッグでヒロ・マツダ&デューク・ケムオカ組を破りNWAフロリダタッグ王者となった。
翌年には、ルー・テーズの保持するNWA世界王座へも度々挑戦。

日本には、素顔のアベ・ヤコブ、マスクマンのレッド・ピンパネールとして度々来日。外国人エースとして新日本プロレス黎明期のアントニオ猪木と名勝負を繰り広げた。
その後もミッドアトランティック地区を中心に長年活躍。
ジン・キニスキー、ディック・ハットン、バディ・ロジャース、ドリー・ファンクJrらとNWA世界王座を争い、キャリアの後半はタッグの名手として知られた。
1983年9月に引退。