プロレス・スーパースター列伝
ヒロ・マツダ&ポール・ジョーンズ
税込5,184円(本体価格4,800円)■105分■品番SPD-1511
2010年8月20日発売

プロレスの歴史を作って来たスーパースターたち
往年の勇士と現在の素顔を追った感動のドキュメント

※この作品は、1997年よりサムライTVにて放送された番組をDVD化したものです。
紹介されている選手の年齢、肩書き、団体名等は、当時のものですので、ご了承下さい。


【収録選手】

●ヒロ・マツダ
フリーランス成功の先駆者、日本の虎

アメリカマットにおいて最も大きな成功を収めた日本人レスラーの一人。
カール・ゴッチに学んだ関節技とジャーマンスープレックスを駆使し、華麗なテクニシャンとしてアメリカマットで地位を獲得した。
そのスマートなスタイルは日本マットでも絶大な人気を誇り、日プロ、国際、全日本、新日本とあらゆるリングに招聘された。
ゴッチ直伝の正統派ジャーマンを修得した初めての日本人レスラー。

高校時代は野球部のエースとして活躍。卒業後日本プロレスに入門。
しかし力道山の体質に合わず、3年後に退団。
ペルーに渡り、エルネスト、コヒマのリングネームで活躍した。
その後メキシコに転戦しエル・サントと対戦。
さらにアメリカへと転戦し、ヒロ・マツダを名乗った。
1964年11月、フロリダ州タンパでダニー・ホッジを破りNWA世界ジュニアヘビー級王座を獲得。
同王座を賭けたホッジとの対戦は各地で大人気を呼んだ。

1966年5月、日本プロレスに参戦。
本場アメリカのトップレスラーとして旋風を巻き起こした。
1967年、吉原功が設立した国際プロレスにエース&外国人ブッカーとして参加。
旗揚げ戦ではホッジのNWAジュニア王座に挑戦するなど活躍が期待されたが、グレート東郷のブッカー参入に反発し2シリーズで離脱。以後はアメリカマットをメインに、全日本プロレス、新日本プロレスに参戦した。

セミリタイアした後はNWA、WCWブッカーを務めながらフロリダ州タンパに道場を設立。
厳しい指導でハルク・ホーガン、ディック・スレーター、ポール・オンドーフ、レックス・ルーガー、ロン・シモンズなど、多数の一流レスラーを育てた。
1999年11月27日、肝臓ガンのため、フロリダ州にて死去。享年62歳であった。


●ポール・ジョーンズ
火を噴く人間ゴマ!牧童コンビの片割れ

ネルソン・ロイヤルとの牧童コンビとして日本マットでも活躍したポール・ジョーンズ。
1960年にボクシングでテキサス州ゴールデングローブ王者となり、その後プロレス入り。
ノースカロライナでロイヤルとの牧童コンビを結成し、出世街道に乗った。

1969年2月、日本プロレスに初来日。猪木&大木組のアジアタッグ王座に挑戦し、翌年の第12回ワールドリーグ戦、さらに71年の第2回NWAワールドリーグ戦にも参戦。
コンビ解消後もフロリダヘビー級王者となり、全日本プロレスマットにも登場した。

70年代後半にはNWAミッドアトラアンティック地区でベビーフェイスとして活躍。シングル王座を2度獲得し、リッキー・スティムボートやマスクド・スーパースターらとのコンビでタッグでも活躍した。

80年からは悪のマネージャーに変身。
ザ・ポール・ジョーンズ・アーミーとしてヒール軍団を結成し軍団抗争を指揮した。
その後ノースカロライナ地区シャーロッテでインディ団体を運営したが、1991年にリタイア。ボディショップ等の経営を行っている。