プロレス・スーパースター列伝
ワフー・マクダニエル&ロニー・ガービン
税込5,184円(本体価格4,800円)■105分■品番SPD-1507
2010年4月20日発売

プロレスの歴史を作って来たスーパースターたち
往年の勇士と現在の素顔を追った感動のドキュメント

※この作品は、1997年よりサムライTVにて放送された番組をDVD化したものです。
紹介されている選手の年齢、肩書き、団体名等は、当時のものですので、ご了承下さい。


【収録選手】

●ワフー・マクダニエル
必殺トマホークチョップを放つ狼酋

プロレス特有のギミックではなく、純粋なインディアンの血を引き、トマホークチョップなどのインディアンスタイルで人気を呼んだワフー・マクダニエル。
ベビーフェイスでありながら、流血やラフファイトにも強い異色のレスラーであった。

学生時代はアマレスとフットボールで活躍。卒業後はプロフットボーラーになったが、ドリー・ファンク・シニアのコーチを受けて1961年にプロレスラーとしてデビュー。1969年からはプロレスに専念した。
AWAマットでのビリー・グラハムとの抗争によってトップレスラーの仲間入りを果たす。

1973年11月、国際プロレスに初来日し、ストロング小林を破りIWA王者となった。
翌年からNWAノースカロライナ地区に転機。リック・フレアーよりミッドアトランティック王座も奪取した。
1976年には全日本プロレスに参戦。ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田の王座にも挑戦した。特にアブドーラ・ザ・ブッチャーとの抗争は、両者流血をものともしない壮絶な闘いぶりで人気を博した。
1982年、移籍したブッチャーの後を追い新日本プロレスにも参戦。
アメリカでは南部マットを中心に活躍を続け、1985年にはマーク・ヤングブラッドとのインディアンコンビでNWA世界タッグ王座を獲得している。

1995年、WCWで殿堂入りを果たしたが、持病の糖尿病が悪化して1996年に現役を引退。
2002年4月19日、糖尿病の合併症により、テキサス州ヒューストンで死去。享年63歳であった。


●ロニー・ガービン

ワイルドに生きるハードバンチャー

石の右拳を持つ男と呼ばれる右のパンチ攻撃を得意とした異色のレスラー、ロニー・ガービン。レスラーであった兄テリー・ガービンの後を追いプロレス入り。
テネシー地区でガービン兄弟として活躍。
1971年南部タッグ、1974年テネシータッグ、1975年ジョージアタッグなどタッグ王座を次々と獲得した。

兄のテリー引退後はシングルプレーヤーとなり、1984年にはテッド・デビアスを破りナショナルヘビー級王座を奪取。
1987年9月にはリック・フレアーを倒してNWA世界ヘビ−級王者となった。
1988年、プエルトリコでWWC統一王座を奪取。
1898年からはWWFに転機し、ザ・ラゲットのリングネームでグレッグ・バレンタインと抗争を繰り広げた。
1992年には再びプエルトリコのWWC王座を獲得。アメリカマットではノースカロライナ地方を中心に、2005年頃までレスラーおよびレフェリーとして活動を続けた。