プロレス・スーパースター列伝
イワン・コロフ&ニキタ・コロフ
税込5,184円(本体価格4,800円)■105分■品番SPD-1506
2010年3月20日発売

プロレスの歴史を作って来たスーパースターたち
往年の勇士と現在の素顔を追った感動のドキュメント

※この作品は、1997年よりサムライTVにて放送された番組をDVD化したものです。
紹介されている選手の年齢、肩書き、団体名等は、当時のものですので、ご了承下さい。


【収録選手】

●イワン・コロフ
1ヶ月足らずのWWWFチャンピオン

髪を剃り、コサック帽とブーツを身に付けたロシア系悪役というギミックを創り上げたイワン・コロフ。
WWWFマットに登場するや、絶大な人気を誇っていた人間発電所ブルーノ・サンマルチノの敵役として活躍し、一時はWWWFチャンピオンの座も手中にしたトップレスラーである。
同じギミックを使った数多くの亜流レスラーと組み、タッグの名手としても長年活躍を続けた。

1965年、出身地でもあるカナダ・オンタリオでデビューし、その3年後にロシア人、イワン・コロフに変身して悪役人気を獲得。
ハンシュ・シュミット、エドワード・カーペンティアらと対戦して実績を積んだコロフは、1969年、ニューヨークマットに進出。
悪のマネージャー、キャプテン・ルー・アルバーノとの絶妙な連携で観衆の憎悪を一手に集め、一躍スターレスラーとなった。
ニューヨークの帝王サンマルチノとの度重なる抗争の末、ついにWWWFチャンピオンとなったコロフ。
だがその王座はわずか1ヶ月で彼の手を離れることとなる。
日本プロレス、国際プロレス、新日本プロレスと日本へも度々来日。
ジャイアント馬場、ストロング小林、アントニオ猪木らの王座へも挑戦した。
その後も大ヒールとして全米各地で活躍を続け、1984年からはNWAミッドアトランティック地区でニキタ・コロフ、クラッシャー・クルシチョフとザ・ラシアンズを結成。
ロード・ウォリアーズとの抗争は大きな反響を巻き起こした。
1990年に全日本、1992年にはW★INGに参戦して来日を果たしているが、1994年にプロレス界を引退。
チャリティ活動などを行い幸せな老後を送っている。


●ニキタ・コロフ
大変貌、ロシアの鬼

イワン・コロフの甥として1984年、ミッドアットランティック地区にデビュー。
クラッシャー・クルシチョフを加えたザ・ラシアンズでロード・ウォリアーズらと抗争を繰り広げ、当地のタイトルをい総なめにした。
ベビーフェースに転向後はダスティ・ローデスとのタッグで売り出し、AWAやWCWを転機。1993年に引退した。
ソ連悪役として活躍した最後の一人である。

学生時代はアメリカンフットボールで活躍し、同郷の友人ロード・ウォリアー・アニマルに誘われてプロレス入り。
ミッドアトランティック地区に登場するや、たちまちトップヒールとなり、ロード・ウォリアーズやロックンロール・エクスプレスといった人気者と激しい抗争を繰り広げ、絶大な人気を呼んだ。

1987年よりベビーフェースに転向。
ダスティ・ローデスとスーパーパワーズを結成し、NWA世界王者リック・フレアー率いるフォー・ホースメンと軍団抗争を展開。
その後もマイク・ロトンド、バリー・ウィンダム、ビッグバン・ベイダーらとの抗争を続け、トップレスラーとして活躍した。

1993年、現役引退。以後はキリスト教の宣教師に転身し、布教活動を行っている。
2003年10月に行われたホーク・ウォリアーの葬儀には、牧師として出席した。